「聖書」に記されている一番最初の言葉は「初めに、神は天地を創造された」という言葉です。そして、神様がその世界に向かって最初に仰ったことが「光あれ」というこの言葉でした。
見知らぬ世界に飛び込むことはとても勇気のいることです。けれども、飛び込む「勇気」がなければ、新しい何かが始まることもありません。だから、自分自身の人生を生きるためにも、「勇気」を持つことはとても大切なことでもあるのでしょう。ただ、「勇気」は教えようとして教えられるものではありません。教え込もうとするとき、勇ましさは必ず独り善がりなものとなるからです。そこで、聖書が私たちに語ることは「幼な子のごとく」ということです。
子どもたちと日々過ごす中で教えられることは、子どもたちがいかに「勇気」があるのかということです。仲のいいお友達だけでなく、仲良くできないお友達とも仲良くなろう、なりたいとそう強く願い、子どもたちは新しい世界を自分の力で創り上げようとしているからです。ですから、そこでまた思うのです。「いのち」を歩み始めたばかりの子どもたちの目に、世界はいったいどのように映っているのかと。
子どもたちの目には、「光あれ」と神様が仰ったありのままの世界が映し出されているように思います。そして、子どもたちがそのような目で世界を見つめているのは、自分一人の力で生きていないことを知っているからです。そこで、以前、ある友人が私に話してくれた言葉を思い出すのですが、その言葉とは、「神様を信じるということは、『わたしはひとりぼっちではないよ』ということなんだ」という言葉です。
みくに幼稚園での生活を通して、子どもたちにはたくさんの出会いがあり、また、たくさんのことを経験します。そして、それに合わせるようにたくさんの喜びや苦しみがあります。ただ、子どもたちはそのすべてを進んで引き受けようとしてくれています。「自分がひとりぼっちでない」ことを日々の生活を通して深く知っているからです。
いつの時代においても、子どもたちにとっての将来は常に見知らぬ世界でもあるのでしょう。けれども、勇気をもって子どもたちが見知らぬ世界に踏み出せるのは、子どもたちには「信じるお方」が初めからいるからです。まただから、子どもたちは日々の幼稚園での生活を通して、人生を生きる上でのこの基礎をよりしっかりしたものにしようとしている、子どもたちと過ごす毎日はそんな実感が与えられる毎日です。
私たちは「ひとりぼっち」ではありません。神様が与えてくださるたくさんの出会い、この世界との触れ合いを通して、神様の愛を感じ取り、日々過ごすたくさんの人たちと、人生の大切なひとときを一緒に歩んでいきたいと思います。