林 和代先生
私(園ではハヤピーと呼ばれています)の目指す保育を少しだけお伝えします。
私は園での仕事のかたわら、30歳の時に受けた通信教育で、幼児教育の何たるかを初めて知りました。強烈な印象を受けたのは、スイスの教育実践家ペスタロッチ(1746~1827)の次のようなエピソードです。彼は52歳の時に戦争孤児などを引き取る教育施設『子どもの家』の運営を任されました。[夜、子どもたちが寝静まると、彼は共に暮らす子どもたちの名簿に並ぶ、一人ひとりの名前を指で押さえ、神に祈りを捧げた、そのため子どもの名前の上には、ペスタロッチの指の跡が残っていた]そうです。
ハヤピーも園の子ども一人ひとりの成長を見守るため、直接対話する機会を作ろうと考えました。
それが「お歩きカード」です。喜んで来てくれる子もいるし、緊張の余り泣き出す子もいます。
40歳を過ぎてから兵庫教育大学大学院で幼児教育を学びました。指導教官は片山忠次先生で、フレーベル(1782~1852)とペスタロッチの研究者でした。片山先生の講義の中で、ペスタロッチの直観教育[脚注1参照]や労作教育[脚注2参照]に感銘を受けました。また修士論文のテーマは倉橋惣三(1882~1955)の教育思想でした。「生活活力は根の力である。すなわち就学前教育は根の教育である。根の力は、自己発展力である (倉橋惣三 『就学前の教育』フレーベル館,1965 p.423)」。
この倉橋惣三の教育思想は、聖光幼稚園の保育理念、「根っこの教育」に反映されています。
50歳の時に、今度は大阪教育大学大学院で特別支援教育を専攻し、授業の中で発達心理学を学びました。ワロン(1879~1962)、ピアジェ(1896~1980)、ヴィゴツキー(1896~1934)、エリクソン(1902~1994)の理論の中で、保育現場で常に共感を覚えるのは、ヴィゴツキーが提唱した「子どもの発達の最近接領域」です。「知能年齢、あるいは自主的に解答する問題によって決定される現下の発達水準と、子どもが非自主的に共同の中で問題を解く場合に到達する水準との間の相違が、子どもの発達の最近接領域を決定する(ヴィゴツキー『思考と言語』柴田義松訳,明治図書,1969 p.89)」。
「子どもは、難し過ぎる課題や、簡単過ぎる課題には挑戦しようとしない。少し頑張れば出来そうだ…と感じる課題に対して意欲的に取り組む」という事象は、園の保育者たちに機会あるごとに伝えています。